
- 移住年
- 2016年
- 職業
- 自営業
島が嫌で出たのに、気づけば“誇り”に変わっていた。そう振り返るのは、長崎県対馬(つしま)市出身の桑田隆介さん。東京でアパレル業界でのキャリアを経て、Uターン。地元対馬に「hotel jin」を立ち上げ、地域と共に歩む暮らしをスタートさせました。都会と離島、異なる二つの世界を知る桑田さんが語る、対馬の魅力とこれからの挑戦に迫ります。
離島出身者としての葛藤
「島で生まれて、島で育った中でアイデンティティというより劣等感みたいなものはあったと思います」。島という“田舎”で育ったことを引け目に感じていたと語る桑田さん。「高校は対馬高校に通っていました。田舎者だからこそ、東京に憧れを持っていたのかもしれませんね」。高校卒業後に上京し、憧れていたアパレルの世界へ。東京では雑誌やブランドへの憧れを胸に、営業職としてさまざまなブランドとのコラボレーションや企画に携わってきました。
しかし、年齢を重ねるにつれ、「自分の地元って実はすごいんだな、面白いんだなというのを感じました。何か東京で仕事しながらも対馬のためにできることはないか、ずっと考えていたんです。東京にある “東京対馬会” という集まりにも参加していました」。「でも結局は東京から見ているだけだったので、やはり対馬に行かないとダメなんだなというのも感じました」。東京から地元対馬を見つめ直したことで芽生えた、“恩返し”への思いが、Uターンという大きな決断へとつながります。

経験と人脈を持ち帰り、地域に活かす
転機となったのは、友人と長崎県五島市に訪れたときのこと。「友達の知り合いが五島にいて、みんなで伺う機会があったんです」。そこでの出会いがきっかけで、36歳の時に思い切ってマグロ養殖を行う会社の営業職へ転職。4年間の経験を積んだ後、東京時代の先輩と共に「hotel sou」を五島にオープンしました。
そして2023年、ついに地元・対馬に2号店「hotel jin」を開業。有明荘という築155年の元旅館をリノベーションしたこのホテルには、対馬の自然や文化が随所に活かされています。「対馬にしかないものや、対馬独特の面白さみたいなものを最大限に活用したいと思って、例えば対馬の石英斑岩を探し出して庭に置いています。せっかくだから、ここにしかないものを使おうと」。
「地元の人間が接客することで、島の魅力も伝えられる」。桑田さんにとって、ホテルは単なる宿泊施設ではなく、地域全体を知ってもらうための“窓口”であり、“案内役”。「ホテルを通して対馬や五島を知ってほしいという思いがあります」。
「一度うちのホテルに来てくれたら、もう友達」。桑田さんの接客スタイルは、“お客さん”を“友人”として迎えること。「対馬に一人でも友達ができたと思ってもらえることが、また来たいと思ってもらえる理由になる」と語ります。
実際に「hotel jin」では地元の観光スポットや飲食店を積極的に紹介し、地域とのつながりを深めるお手伝いも。韓国からのお客様が7〜8割を占めることもあり、対馬が“日本を知る入り口”になるという責任も感じながら、丁寧なおもてなしを心がけています。


地元が舞台の大ヒットゲームに気付かされた”対馬愛”
「島で生まれて島で育ったので、島が好きなんですよね。島の強みを活かしたいと思っていました。東京にあるおしゃれなものを持ってくるというよりは、元からある島特有の魅力を世界に発信していきたいです」。
そんな対馬への思いに、改めて火をつけたのが世界中で大ヒットしたゲーム『Ghost of Tsushima』。地元が舞台となったことで、「自分の地元が世界で知られるなんて信じられなかったし、誇らしかったです」と振り返ります。対馬にオープンした「hotel jin」の名前もこのゲームの主人公、境井仁から名付けたのだそう。
「遠回りしたけど、20年ぶりに地元に帰ってきて東京に行って良かったなと思います」。東京時代の経験、人脈、ネットワーク。すべてが今、地域に根ざした事業に活かされています。
「東京での出会いがなければ、今の自分はないと思っています。だから外に出ることを卑屈に思う必要はないし、むしろそれが一番の“地元への恩返し”になると思うんです」と力を込めます。

若い世代を勇気づける、きかっけに
「やって終わりでは意味がない。続けることが一番難しく、一番大事」。対馬でのホテル運営を“スタート地点”と捉え、今後も地元との関わりを深めていく覚悟です。
「『hotel jin』ができたことで、対馬ってすごいなと感じてもらえたら嬉しい。後輩たちもすごく頑張っている。そんな後輩たちに勇気づけられて始めたことでもあるし、僕もそういうきっかけになれたら嬉しい。続けることは大切ですし、継続できるようにしっかりやっていきたいです」。そう語る桑田さんの挑戦は、地域にとっての希望であり、未来の灯でもあります。
対馬の自然、歴史、人のあたたかさ。それらすべてが桑田さんにとってかけがえのない“誇り”になった今、自身の言葉と行動で、離島の価値を世界に伝えようとしています。