長崎の魅力的な“当たり前“に触れるイベント「ナガサキノアタリマエ」が、1月29日に東京・京橋で開催されます。
ゲストの一人は、景色デザイン室 代表 古庄 悠泰さん。師匠”城谷耕生さん”がきっかけで雲仙市小浜町へ移住した古庄さんの暮らしとは。
景色デザイン室 代表 古庄 悠泰さん
1989年福岡県糸島市生まれ。九州大学芸術工学部工業設計学科卒業後、長崎県雲仙市小浜町のデザイン事務所Studio Shirotani勤務を経て、2016年同町にて景色デザイン室を設立。長崎県内を中心に、旅館・製造業・農業・飲食店・クリニック・神社・個人作家など様々な分野のグラフィックデザインに取り組む。共著に『おもしろい地域には、おもしろいデザイナーがいる:地域×デザインの実践』。
磯の香り、道端のあいさつ、静かな夜。
「魅力」という言葉で語るには、ちょっと地味。けれどもじんわりあたたかい、日常のひとときや、何気ない風景。
旬の食材、真っ赤な夕焼け、おちつく言葉の抑揚。
そんな“長崎県の当たり前”を、全4回にわたってお届けします。
まだ長崎を知らない方の目には、新鮮に。縁ある方の目には、懐かしく映るものもあるかもしれません。どうぞのんびりと読んでみてください。
師匠との出会いが導いた”小浜町”
まちの至るところから湯煙が立ちのぼる、雲仙市小浜町。
その出どころは、よく見ると温浴施設だけではない。道路の側溝や空き地の隅のほうから、もくもくと白い湯気が空へとのぼってゆく。
このまちに古庄悠泰(ふるしょう・ゆうだい)さんが移り住んだのは、12年前のこと。
出身は福岡県の糸島市。大学でデザインを学び、卒業後すぐに小浜町へとやってきた。
地域デザインや田舎暮らしには、まったく興味がなかったという。
「城谷耕生さんという、ぼくの師匠のデザイナーがいて。大学時代にその方と出会ったことがきっかけです」
1990年代のイタリアで活躍し、2002年に日本へ帰国した城谷さん。
その城谷さんの地元であり、デザイン事務所を構えていたのが小浜町だった。
「とにかくおもしろい人なんですよ。ここでは語り尽くせないんですけど。もしも城谷さんが東京で仕事してたら、ぼくは東京に移住していたと思います。城谷さんという“人”に興味があって、たまたま行き着いた先が小浜だった、という感じです」
地域とともに歩むデザイン事務所
クライアントだけでなく、地元の人も、海外からも。小浜の事務所には、城谷さんを訪ねて日々たくさんの人たちがやってくる。
そんな環境で働くうちに、古庄さんも気づけばいろんな人とつながっていた。
「3年働いて、独立を考えるようになって。当初は地元の福岡に戻ろうと思っていたんです。でも、たったの3年間で、とくに地元の人とのつながりが増えていて。この関係性をわざわざ絶って福岡に戻る必要ってあるのかな。それよりも小浜で独立するほうがよっぽど自然だな、と思って」
2016年に「景色デザイン室」という屋号を掲げて独立。翌年、小浜のまちなかにデザイン事務所を立ち上げた。
不思議な形をした建物は、もともと商店街組合の事務所として使われていたそう。
その2階を景色デザイン室、3階は妻の結さんのアトリエとして活用。1階は「景色喫茶室」という小さな店舗スペースになっている。
「入りたい人は誰でも・いつでも入れる状況をつくりたくて。それで1階を喫茶室にしました」
「デザインを頼みたい人しか入れない事務所はもったいないというか、なんか違うなと思ったんですよ。野菜を買いたくなったら八百屋に行くし、デザインが必要だったらデザイン屋に行く。“商店街のデザイン屋さん”になりたかったのかもしれません」
以前は週末限定で、古庄さん自ら店頭に立ってコーヒーを淹れていたものの、「もう少し休みたい」ということでポップアップストアの形に。
現在は、小浜で開業を目指して物件探し中のドリンクスタンド「sagoggio」、チーズケーキが人気の「yolo.」という2店舗が営業している。
「見てわかるように外から丸見えなので、最初は落ち着かなかったです。でも『古庄くん、ちょっとこういうのつくってくれんね』って、地元の人が来てくれるんですよね。おかげで近所の仕事がどんどん増えてきて」
最近はデザイン“以前”の相談も多いという。
やりたいことや困りごと、なんとなく古庄さんと話してみたいな、ということ。ふわっとした雑談からはじまって、何ができるか、どんなものが必要かを一緒に考えていく。
そのあり方はまさに“商店街のデザイン屋さん”。駆け込み寺のようでもある。
さらには、各地から集まったクリエイターや友人向けに、まち案内をすることも。
写真提供:古庄悠泰さん
「小浜は案内しがいがあるんですよ。端から端まで歩いていける距離に、温泉街と商店街と住宅街、海、山、いろんな要素がコンパクトにまとまっていて。それらが区画分けされずに、混ざり合っているのもおもしろい」
「なぜかっていうと、大きな資本でつくられていないから。歴史のなかで、住民たちが少しずつ手を加えながらつくってきたまちなんです。1階が商店、2階がおうち、みたいなところも多くて、裏表がないっていうか。歩いているだけでいろんな人と出くわすし、その人の生活も仕事も見える。人の営みが見えやすいんですよね」
外からの人を迎えてきた温泉街ということもあってか、移住してくる人や新しくお店や事業をはじめる人も受け入れる雰囲気があるそう。
実際、この10年でオープンしたお店は25軒ほど。その裏で惜しまれながら閉店したお店も少なくないものの、全国からお客さんがやってくるレストラン「BEARD」など、食を軸にした新たなまちなみが生まれつつある。
もはやデザインの仕事からは離れているようにも思えるけれど、古庄さんにとってはこうした会話や交流が日々の当たり前。生きていくうえで欠かせない時間だという。
「デザインって、=コミュニケーションと言ってもいい」と古庄さん。
「いわゆるデザインの仕事だけやりたい気持ちはまったくなくて。仕事でも生活でも変わらないのはコミュニケーションですね。そこからいろんなものが生まれていくので」
ものづくりのはじまりも、できあがったものが使われていく過程にも、コミュニケーションは必ず起こる。
たとえば旅先のまちを歩いていて、なにげなく置かれたチラシや道端の看板を目にしたとき、“このあたりの雰囲気、好きだな”と感じることがあると思う。それは、すでにまちとのコミュニケーションがはじまっているということ。
名物や名所といった大きなものだけでなく、小さなものの集積が、そのまちの景色となってゆく。「景色デザイン室」という名前には、そんなふうに“やがて暮らしになじみ、まちの景色となるデザインを届けたい”という想いが込められている。
師匠から学んだ、日々の心がけ
小浜町に移り住んで、12年。
古庄さんがつくったもの、そして古庄さん自身の存在は、少しずつまちの景色の一部となってきている。
いろんな人が集まってきて、交流しながら新しい何かを生み出してゆく。
そんな古庄さんの近況は、師匠である城谷さんのかつての姿とも重なるような気がする。
「仕事のやり方や、人との付き合い方、より楽しく生活するための作法みたいなもの。人として大切にしたいことは、全部城谷さんから学びました」
数ある学びのなかで、古庄さんが日々心がけていることがある。
「ひとりでデザインの仕事をしていると、自由じゃないですか。だからよく意外だって言われるんですけど、けっこう規則正しく生活するんです。朝は8時半ぐらいには事務所に来て、12時まで仕事して。きっかり1時間家に帰って、家族とだったり一人でご飯を食べて戻ってきます。それでまた仕事をして、18時ぐらいまでには家に帰るっていう感じで」
仕事が忙しくても、暇なときも、そのリズムは基本的に変えないそう。
一定のルーティーンを続けることで体調も保てるし、家族との時間も過ごせる。気持ちが安定するので、急な来訪や思いがけない出来事が起きても、目の前の人との時間を大切にできる。
これもまた、城谷さんが大事にしていたこと。最初は真似することからはじまって、いつしか自然と身についていった。
「こういう生活ができているのも、まちがコンパクトなおかげかもしれないですね。山に登ろうと思えばすぐ登れますし、湧水までも事務所から歩いて3分くらい。なおかつスーパーや銀行のように、生活に必要な機能が近いのも気に入っています」
事務所から自宅までは、徒歩5分。商店街から外れたエリアにあり、周囲は静かで、畑と山が広がるばかり。
少し歩いただけで雰囲気が変わり、気分や視点を切り替えやすい。ものづくりやクリエイティブな仕事に携わる人がこのまちに住んだら、きっとよいインスピレーションが芽生えやすくなるんじゃないかな。
師匠が蒔いた種とは
古庄さんが小浜に来るきっかけをつくった城谷さんは、2020年末、急病のために亡くなった。
人生の師である城谷さんがまちに蒔いた種を、古庄さんは今になって新鮮に見つけることがあるという。
「城谷さんの事務所で働いた元スタッフが4人、小浜で独立しているんです。お店をやったり、デザイナーになったり。自分も含めて、その人たちはいろんな種を蒔かれているし、亡くなったあとに芽を出して『こんなところにも蒔いてたんだ……!』と気づく、みたいなこともあって」
ただ、それは必ずしも「まちのために」蒔かれた種ではなかった。
「これからの小浜をどうしていきたいかとか、ぼくはそういうことには全然興味がなくて。でも、身の回りの人のやっていることとか、考え方にはすごく興味があるんですね」
「実際に目の前で繰り広げられていることがおもしろいし、関わりがいがある。ひとりで物思いに耽る瞬間とかじゃなくて、やっぱり誰かと会って話している時間が今、生きているなかで一番楽しいかなって思います」
毎週木曜日YouTubeにて「ナガサキノアタリマエ」を公開中!
この連載「ナガサキノアタリマエ」では、全21市町をめぐる動画コンテンツも配信しています。
参加すると長崎が10倍楽しくなるイベントを1月29日開催!
東京・京橋にて、“長崎の当たり前”に触れるイベントを実施します! 記事に登場した4名のみなさんがゲストとして参加されますので、長崎での暮らしに関心をもった方はぜひお気軽にお越しください。(古庄さんは1月29日のゲストです)
- 日時:2025年1月29日(水)19:00〜21:00
- 会場:シティラボ東京(東京都中央区京橋3丁目1−1 東京スクエアガーデン6階)
長崎での暮らし、日々、アタリマエの日常の中にある豊かさにふれ、想いを馳せよう。
個々の価値観は違う。人によってモノサシは違う。東京のような都市部にいても、長崎にいても、それぞれが、今いる環境や暮らしの中に満足感や物足りなさを感じながら過ごしている。長崎にいる人のアタリマエに触れながら、価値観を知り、これからの生き方のヒントや考えるきっかけになる、交流の機会を提供するイベント。
19:00 | オープニング |
19:05 | トークセッション 長崎が10倍楽しくなる!「ナガサキノアタリマエ」 ・長崎のおもしろい人 登場! ・出会ってよかった、ナガサキ ・長崎の面白がり方 ・参加者が知りたい!アタリマエじゃないナガサキ |
19:40 | 「ナガサキノアタリマエ」をテーマに参加市町による市町プレゼンタイム ・大村市 ・松浦市 ・壱岐市 ・五島市 ・雲仙市 |
20:10 | フリー交流タイム ・長崎県の名産品(軽食)やドリンクを囲みながら(長崎県のとっておきのお酒もあります!)、 来場者と市町担当者がゆるやかに交流 ・「ながさき移住倶楽部」などのご案内 |
20:50 | エンディング 長崎県からのお知らせ |