長崎の魅力的な“当たり前“に触れるイベント「ナガサキノアタリマエ」が、1月29日に東京・京橋で開催されます。
ゲストの一人は、kumam(くむ・あむ) 編集者/一般社団法人 山と海の郷さいかい 代表理事のはしもと ゆうきさん。
西海市の人たちに囲まれて暮らし、このまちに惹かれたわけとは。

kumam(くむ・あむ) 編集者
一般社団法人 山と海の郷さいかい 代表理事
はしもと ゆうきさん
1988年、長崎県⻑崎市⽣まれ。大学在学中、ニュージーランドへ短期留学したことをきっかけに、ローカリゼーション、まちづくり、コミュニティデザインといった分野で、編集・デザインに取り組み始める。2011年、(株)ながさきプレス⼊社。2015 年より同誌編集⻑を務め、タウン誌という媒体を通して、まちづくりや地域固有の魅力の編集・発信に取り組む。2017年独立後、教育・福祉分野へも関心が広がり、学童支援員も経験。自身の思想をより深め、小さなコミュニティに根ざす暮らしを実践するため、2018年、長崎県西海市へ移住。(一社)山と海の郷さいかい代表として、地域に今なお息づく半自給自足的暮らしや生きる知恵にふれてもらうため「農林漁業体験民宿(体験民泊)」事業や自然体験事業に取り組む。2024年、ひとり出版社として「KUMAM BOOKS」設立、「inTArest magazine.」を創刊。
磯の香り、道端のあいさつ、静かな夜。
「魅力」という言葉で語るには、ちょっと地味。けれどもじんわりあたたかい、日常のひとときや、何気ない風景。
旬の食材、真っ赤な夕焼け、おちつく言葉の抑揚。
そんな“長崎県の当たり前”を、全4回にわたってお届けします。
まだ長崎を知らない方の目には、新鮮に。縁ある方の目には、懐かしく映るものもあるかもしれません。どうぞのんびりと読んでみてください。
自分の理想の暮らしに近い、西海市の生活
「先週はみんな出張にでていて、いい時間でした。ここでひとりで作業していると、ソローみたいな気持ちになります。“森の生活”してるんじゃない?って (笑)」
19世紀アメリカの作家・ソローは、ボストン近郊にあるウォールデン湖のほとりに自ら小屋を建て、2年2ヶ月にわたる自給自足生活を送った。
そこでの実践と思索の日々を綴ったのが、『ウォールデン 森の生活』。
170年前のアメリカ・ウォールデン湖畔に流れていた時間と、どこか通じる西海市の暮らしって、いったいどんなものだろう?
冒頭の言葉を話してくれた、橋本ゆうきさんの一日を追ってみる。

ここは長崎県西部、西彼杵(にしそのぎ)半島の北部に位置する「エコヴィレッジさいかい元氣村」。
土地を所有するみかん農家さんをはじめ、有志のメンバーが集まって2008年に立ち上げた場だ。
キャンプやみかん狩り、芋掘りやピザづくり体験など季節ごとの野遊びや自然体験ができる施設で、15年以上ほぼボランティアで管理・運営されてきた。
有志の人々が、自然とともにある農的暮らしの魅力を伝えようとはじめた活動は、元氣村だけではない。「農林漁業体験民宿」も、そのひとつ。
2016年にこの体験民泊のパンフレット制作を依頼されたところから、西海というまち、そしてそこに暮らす人々と橋本さんとの関わりは深まってゆく。
「パンフレットをつくるにあたって、体験民泊を中心で進めている人たちを取材したり、おうちに泊めてもらったりして。西海のみんなの生活が、自分の理想に近いなって思ったんです」


写真提供:橋本ゆうきさん(2枚とも)
晩ごはんのおかずがなければ、釣竿を持って海へ出かけたり、山へタケノコを掘りに行ったり。
身の回りのものを活かして豊かに暮らす知恵が、そこには溢れていた。
「当時わたしは、タウン情報誌の『ながさきプレス』を退職したばかりでした。ローカリゼーションについてとか、在来種の野菜を食べましょうとか書いてるのに、自分自身の生活はボロボロ。コンビニでご飯を買って、徹夜しまくって……」
「自分の言葉と、実際の生活をちゃんと一致させていきたいと思って、西海に暮らすことを決めました」
“山と海の郷”さいかいの魅力
2018年に地域おこし協力隊として西海市に移住し、体験民泊事業を推進する任意団体「山と海の郷さいかい」のメンバーに。任期3年目の2020年には、事業継続のために同団体を一般社団法人として法人化した。
現在は山と海の郷さいかいの事務所を元氣村に置き、体験や民泊の受け入れと並行して、デザインや出版、編集の仕事に取り組んでいる。
「ちょっとぶらぶらしましょうか」と誘ってもらって、外へ。

さいかい元氣村の敷地内にはキャンプサイトのほかに、ツリーハウスやピザ窯、五右衛門風呂やみかん畑、栗林のハンモックエリアなど、さまざまな体験コンテンツが揃っている。
収穫体験ができる畑の草刈りも、橋本さんの日課のひとつ。何か考えたり書いたりしていて集中できないときは、外仕事がいいリフレッシュになるそう。
草刈りがてら、ちょうど収穫どきのサツマイモを3つ、掘り出して渡してくれた。

「自然があるから生きていけますよね」と橋本さんは言う。
道路から離れているし、そもそも車通りも少ない。あたりはとても静かで、聴こえるのは鳥や虫の声ぐらい。
何をするわけでもなく、ただそこにいるだけで、心と体がすっきりしていくような感じがする。
「この山のなかから10分で海に行けるんです。今の自宅は内海の大村湾側にあるんですけど、外海の五島灘にも面しているのが西海の魅力。“山と海の郷さいかい”って、本当にその通りだなと思います」

昔ながらの生活が残るまち
お昼は、車で10分ほどの「HOGET」へ。
カフェ・ショップ・レンタルスペースからなる複合施設で、橋本さんも立ち上げ段階から関わった場所とのこと。元氣村に移転する前は、事務所もHOGETの一角に構えていたそう。
地産の牛肉を使ったローストビーフ丼を食べながら、話を続ける。

橋本さんが惹かれた西海の暮らし。昔ながらの生活は、なぜこの地域に色濃く残っているのだろう?
「わたしが西海のことを説明するときによく言うのが、ここってすごく不便な土地なんです。西海橋が通ったのも戦後だし、大島大橋は平成に入ってから。高速道路も鉄道も通っていない。昔は今よりもっと不便だったはずです」
「だから、できるだけ身の回りのものでなんとかできないかって発想に、自然となる。買いに行くよりつくったほうが早いとか、あるものでどうにかできないかとか。そういうメンタリティーを、とくに60代以上の人たちには強く感じますね」

畑を耕し、海へ出かけ、薪で火を焚く。昔の農家さんは、自分たちの住む家もDIYならぬDIT(Do It Together)で、地域の人たちを集めてつくっていた。
それは不便な土地で生きていくための生活の知恵であり、ささやかな喜びを伴う営みでもあったのかもしれない。
「でも、竈でタケノコを炊いていながら、家はオール電化だったりするんです。リビングにでっかいテレビがあるとか。思想的なところから入ったらまず起こりえないような暮らしがおもしろいなって思います」
現代の便利なものを取り入れつつ、根底には昔からの生活がある。
もし電気やガスが止まっても、西海の人たちはきっと生きていける。
そんな人たちに囲まれて暮らすなかで、橋本さんは、このまちに惹かれたわけをより深く理解するようになった。
「わたしは“何かがなければ生きていけない”状況に制限を感じるんだなって。お金がないと、スマホがないと、みたいになりたくない」
「そういう観点から西海の人たちの生活を見てみると、すごく自由なんですよね。だからわたしにとって西海は、生活実践の場。そこで生まれた思考や想いを、出版やメディアを通して伝えていく。その両輪を回しながら、自分と社会がもっと自由になるような活動をしていきたいんです」

“自然”と”友人”による支え
自由を求めて、橋本さんと同じように西海へ移り住みたくなってきた読者もいるかもしれない。
ただ、西海で暮らすことの自由は、ゆとりがあって軽やかで、何にも縛られないような“自由”のイメージとは異なる。
「田舎に来たからって、ゆったりはしていないんですよね。西海の人たちは働き者だなあって思うこと、すごく多くて。『銀杏とらんば!』『タケノコとらんば!』って、季節に追われてるというか。で、すっごく忙しいときに限って、お魚とかイノシシをいただくんです。すぐ処理しないとダメになるし、うれしいんだけど、ああ……!って(笑)」
春になると、橋本さんの生活もぐっと慌ただしくなる。
毎週のように修学旅行の受け入れがあり、民泊の手配でてんやわんや。並行してメディアの取材や、出版活動なども入ってくる。
「エナジードリンクを飲みながら徹夜するときもあって。お昼にタケノコ掘ってたわたしが、必死で徹夜して何してるんだろう……。中途半端にそれっぽいことしながら嘘ついてるんじゃないか、みたいな感覚になるときもあります」

気持ちが塞ぎ込みそうなとき、橋本さんの支えになるものが2つある。
ひとつはやっぱり、自然。とくに好きな場所があるという。
「元氣村の近くに広域農道があるんですよ。信号も道端の商店もない、山のなかを10分ぐらいまっすぐ続く道。そこが瞑想ルートになっていて(笑)。あそこを通る時間が、わたしのなかではけっこう大事ですね」

もうひとつは、友人との関わり。
橋本さんが西海にやってきたばかりのころ、関わる人のほとんどが年上の人生の先輩ばかりだった。
この1~2年で、同年代のUIターン者も増え、新たな楽しみも広がってきたそうだ。
「おじいちゃんおばあちゃんと関わるのも楽しいけど、“友だち”とはちょっと違うじゃないですか。同年代の子が増えてきて、民泊で関わってもらったり、一緒に晩ごはんを食べたり。ゆるくつながって、うまくバランスをとれるようになってきました」

性格的に、0か100かで考えがちだと話す橋本さん。
でも、現実はあいまいなことも多い。生活を変えたいと思っても、人間そう簡単には変わらないし、人や地域との距離感も、ぐっと近づいたかと思えば、ふと離れたくなったり。
それが本来の、人という生き物の自然な姿なのかもしれない。
「西海というまちも、地区によっていろんな特色があって。バラバラなんですよ」
「2年前に『RÜCK』というガイドブックをつくったときは、エリアの情報をまとめたい気持ちもあったんです。だけど、最近はこのまとまらない感じがいいなって思っています」
人もまちも、端的に一言でなんてまとめられない。ごちゃごちゃしていて、矛盾だらけで。
それでいい。だから、おもしろい。
橋本さんの案内を通じて、このまちの人の暮らしに、もっと触れてみたいと思った。
毎週木曜日YouTubeにて「ナガサキノアタリマエ」を公開中!
この連載「ナガサキノアタリマエ」では、全21市町をめぐる動画コンテンツも配信しています。
参加すると長崎が10倍楽しくなるイベントを1月29日開催!
東京・京橋にて、“長崎の当たり前”に触れるイベントを実施します! 記事に登場した4名のみなさんがゲストとして参加されますので、長崎での暮らしに関心をもった方はぜひお気軽にお越しください。(橋本さんは1月29日のゲストです)
- 日時:2025年1月29日(水)19:00〜21:00
- 会場:シティラボ東京(東京都中央区京橋3丁目1−1 東京スクエアガーデン6階)

長崎での暮らし、日々、アタリマエの日常の中にある豊かさにふれ、想いを馳せよう。
個々の価値観は違う。人によってモノサシは違う。東京のような都市部にいても、長崎にいても、それぞれが、今いる環境や暮らしの中に満足感や物足りなさを感じながら過ごしている。長崎にいる人のアタリマエに触れながら、価値観を知り、これからの生き方のヒントや考えるきっかけになる、交流の機会を提供するイベント。
19:00 | オープニング |
19:05 | トークセッション 長崎が10倍楽しくなる!「ナガサキノアタリマエ」 ・長崎のおもしろい人 登場! ・出会ってよかった、ナガサキ ・長崎の面白がり方 ・参加者が知りたい!アタリマエじゃないナガサキ |
19:40 | 「ナガサキノアタリマエ」をテーマに参加市町による市町プレゼンタイム ・大村市 ・松浦市 ・壱岐市 ・五島市 ・雲仙市 |
20:10 | フリー交流タイム ・長崎県の名産品(軽食)やドリンクを囲みながら(長崎県のとっておきのお酒もあります!)、 来場者と市町担当者がゆるやかに交流 ・「ながさき移住倶楽部」などのご案内 |
20:50 | エンディング 長崎県からのお知らせ |