2025.11.10

移住者体験談

【時津町】長崎県時津町で漕ぎ出す『人生第二章』──海の都での挑戦

消防士から家業継承へ。迷いの末に選んだ時津町での人生

東京で消防士として働いていた安田舟平さんが、長崎県時津町(とぎつちょう)に戻る決断をしたのは、30代前半のことでした。

「消防士として働いていた時に、家業の事業継承者がいないということになり、自分が継がなかったら事業を辞めるという話が出ていたんです。経営している宿泊施設が更地になったり、大村湾に船がなくなってしまうかもしれないということにすごく寂しくなって。消防の仕事が好きでしたので、かなり迷ったんですが、思い切って帰ってくることを決めました」

「良い消防署で人にも恵まれていましたが、事業継承できるのは自分しかいなかったので。消防士は自分以外もたくさんいる、でもここの仕事に関しては自分しかいないと思いました。消防士をしながらも長崎のことは好きでしたし、地元に貢献したいという思いはくすぶっていたので、使命感を抱いて自然と“帰ろう”という気持ちが固まりました」 

ゼロから学び直した家業。現場に飛び込みながら見えたもの

「前職ではホースを振り回していたので、最初は何もわからない状況でした。そもそもマーケティングが好きとかだったら、消防には行っていないので。体力系の仕事のほうがいいということで、消防士になったというのもあります」

帰郷した安田さんを待っていたのは、まったく未知の世界。「船会社の全般的な営みもそうですが、お金の話から船の運行管理、安全統括管理、運行の事柄、船員のやりくりまで。現場にも出て券売や綱取りなども、船員以外の仕事は全部やりましたね。かなり体力勝負でした。海は危険が伴うので、甘くない厳しい世界ですね」

船の仕事の厳しさ、海の危険と隣り合わせの現実。それでも安田さんの中には、「覚悟を決めて帰ってきている」と強い意志がありました。

取材に応じる安田さん

“仲間との真剣勝負”が楽しい。ペーロンに魅せられて

東京ではバイクに乗って一人で箱根まで走りに行ったり、仲間と飲みに行く日々も楽しかったと話す安田さん。しかし、時津で出会った“もう一つの熱中”が、今の生活をより彩っているといいます。

「ペーロン、ほんと楽しいんですよ。休みがあれば乗ってますし、オフシーズンでも“やろうぜ”ってなるんです」

「全国的にはペーロンという名前で通っていなくて、ドラゴンボートという言い方をしているみたいです。厳密にいうと少し違う部分はあるみたいですが。船に30人が乗って、太鼓とドラに合わせて一斉に櫂(かい)を揃えて漕ぐんですよ。息がぴったり合っていないと船が進まない。いかに息を合わせて漕いでいくかが大事になるので、それが面白いです。そういうスポーツですね」

「仲良く、ちんたら漕いでても面白くない。ほとんどが腕っぷし勝負で、プライドをかけた戦いがあるから面白いです。強豪のチームは本当に強いですから、なかなか勝てないんですけどね。兵庫県の磯風漕友会というドラゴンボート日本一のチームがきたり、苓北(れいほく)町(熊本県)の強豪チームが来たりします」

「ペーロンの大会で、一度は決勝に出てみたい。それが野望です」と並々ならぬペーロン愛も語ってくださった安田さん。

時津町にはペーロンをモチーフにした橋があったり、公民館の窓ガラスにも描かれているなど、町全体がこの競技を大切にしており、安田さんが地域愛を深める要因の一つになっているのです。

ペーロン

「海の神様を大切に」都会にはないアタリマエ

時津町の魅力を尋ねると、「住んでみたら、時津の良さがわかりますよ」と笑う安田さん。

「2022年から時津に住んでいますが、皆さん口々に言うのが”住み良い街”ということ。海も山もあり、都市機能と自然がバランスよくあって、すごく良い町ですね。自転車で端から端までいけるコンパクトさも魅力です」

毎朝のサイクリングは海沿いのウォーターフロント公園。自然の風を感じながら、「気持ちいいんですよ」と目を細めます。

「長崎県って海に囲まれていて、すぐ海があるじゃないですか。僕も小さい頃、父ちゃんと母ちゃんによく海に連れて行ってもらっていました。長崎県は海の都だから、海の神様を大事にしないといけない。ペーロンにも、龍神(りゅうしん)という龍の神様をあしらったりするので、海の神様が身近にあります。それが都会にはない、アタリマエなんじゃないかなと思っています」

そう語る安田さんの言葉からは、まっすぐな情熱と、静かな覚悟が感じられました。海に囲まれた長崎県で、地域の未来を思い描きながら今日も安田さんは前進しています。